第791号 退位法案 質疑に立つ

2017年6月3日 (土) ─

 1日、党を代表し、天皇の退位等に関する皇室典範特例法案(退位法案)の質疑に立ちました。

◆立法府と政府見解の整合性
 法案作成に先立ち、まず衆参両正副議長のもとに全党・全会派参加の全体会議が設置され、国会としてのとりまとめが行われました。それをベースとして政府が作成したのが今回の法案です。

 したがって、法案の解釈について、政府が国会のとりまとめに沿った認識を持っているかを確認することは重要な論点です。

 こうした観点から私は質疑に臨み、政府側の答弁者である菅官房長官から以下のような主旨の答弁を得ました。

①今回の退位法案は、将来の天皇退位の際の先例となり得る
②(退位の時期について)政府は円滑に退位が実施できるよう最善の努力を行う
③安定的な皇位継承を確保するための女性宮家の創設などの方策については、法施行後の具体的な検討に向けて適切に対応する

 とりわけ③については大きな成果でした。

 法案では、皇位の安定的継承についての検討を、法の施行、つまり天皇陛下の退位以降に一から始めると解釈できる条文がありました。

 しかし、この答弁により、退位以前から対応することが確認できました。

 私が確認した内容は政府見解として議事録に記載され、今後、法律運用の際の解釈指針となります。

 今回の質疑を通じ、政府もおおむね国会とりまとめに沿った認識を持っていることを確認できました。私も立法府での立案作業に携わった立場としての責任を果たせたと感じています。

◆退位議論で得たもの
 昨年8月の天皇陛下のおことばを受け、私は皇室の祖地・奈良選出の国会議員として、退位問題に責任を持って関わらねばならないと決意しました。

 民進党では、政府与党に先がけて皇位検討委員会を立ち上げましたが、私は事務局長として議論をまとめ、提案をしてきました。

 その過程で、我が国の歴史と伝統に触れ、痛感したのは、皇室・皇位に関わる課題に対しては、単に明治以降の制度だけではなく、長い歴史の歩みをしっかりと検証した上で取り組まなければならないという思いでした。

 また、日本国憲法は、その第1条から8条までにわたり「天皇」について定めており、今回は象徴天皇とは何か、天皇の行為の意義は何かなど、憲法を改めて考える機会となりました。

 ここで歴史と憲法を学び直し、得た知見は、今後私が政治家として国のため国民のために働く上で、大きな財産となると考えています。

◆皇室の弥栄と国家のあり方
 この法案が施行されれば、天皇陛下の退位と皇太子殿下の即位が実現します。

 しかし、皇位の安定的継承の確保など、先延ばしにできない課題はまだ残ります。

 皇室の弥栄(いやさか・繁栄)を祈念し、両陛下と皇族方のお気持ちをくみ取りながら、国家のあり方に深くかかわる象徴天皇制をしっかり支えるため、引き続き努力を続けて参ります。(了)

 

スタッフ日記「父の家出」
 最近、つい今しがたの記憶も定かでない86歳の父は昔の話ばかり繰り返しするようになりました。よく出てくるのは80年も前の家出の話です。

 香川県の田舎に生まれて子供のころに父親を亡くした父は、戦後すぐの15歳の時に父の祖父(私にとっては曾祖父)と喧嘩をして家出し、奈良に出てきました。

 お爺さんに「お前なんかもう家を出ていけ!」言われて、「おう、ほんなら出ていったるわ!」そう言うて家を出てきたんや、という家出の場面だけは子供のころから聞かされていたのですが、私は父が船や汽車で奈良までくるお金などをどうしたのかずっと疑問に思っていました。

 先日父の話を聞いていてその謎がとけました。

 ある朝、父は曾祖父と些細なことで言い合いになり、売り言葉に買い言葉で「家を出ていったる」と言ってしまったのだそうです。

 母親になだめられ、いったんは思いとどまったものの、夕飯時に再び曾祖父ともめ、家出を決心したとのことでした。

 その夜、仲の良かった3人の友人にその気持ちを話すと翌朝、友人達は黙って家からお金を持ち出してきてくれ、そして郷里から30キロ近くもある高松の港までまで一緒に歩いて見送ってくれたそうです。

 「あいつら帰りもあの道を歩いて帰ったんやなあ…」そういうと父の眼は遠くを見つめていました。

 ガキ大将だった父は正義感が強く、友達には慕われていたようです。田舎の道を歩く少年の姿の父を想像しながら私はそんな友達を持った父の事を少し誇りに思っています。(チュウ)

第791号 退位法案 質疑に立つ