第624号 「世代間格差」を考える 

2014年2月1日 (土) ─

 年金改革の私案作りが、最終段階を迎えています。近日中に詰めの確認を行った上、党内の議論に反映していく予定です。 

 年金制度を議論していく中で、出てくるのが「世代間格差」をめぐる議論、すなわち、年金受給世代が得をし、若者世代が損をしているとの主張です。しかしそこでは、問題の本質を見極めた議論が必要です。

◆年金世代は得をしている? 
 年金に関してよくある主張の一つに、「現在、年金を受け取っている人は、納めた保険料に比べて、より多くの年金をもらっている。これに対し、今の若者は、より重い負担で、少ない年金しか受け取れない。不公平だ」というものがあります。 

 しかし、この主張には、これまでの経済成長が考慮されていません。現在の年金受給者が現役の頃は、給料をはじめとして所得水準が今よりも低く、厚生年金の保険料率は低かったが、可処分所得(個人が自由に使えるお金)は、現在の平均よりかなり低かったことが、統計的に読み取れます。 

 また、現在の年金受給者の親の世代は、公的年金制度が整備される前の世代の人がほとんどであり、限られた可処分所得の中から親に仕送りをしなければならなかった人も多かったはずです。 

 このように考えると、現在の受給者は、現役時代、なけなしの収入から保険料を負担し、その上、親への仕送りもしていたと言え、納める保険料の額が少なかったとしても、負担感としては、今と比べてもむしろ重かったのではないかと言うことができます。一概に、年金受給世代が得をしているとは必ずしも言い切れません。

◆「積立方式」は魔法の杖か? 
 もう一つの主張は、「世代間の公平を実現するためには、個人が自分の老後のためにお金を積み立てる「積立方式」がベスト」との主張です。 

 現在の年金制度は、現役世代が受給者を支える「賦課方式」が基本です。「賦課方式だと、少子高齢化が進む中、現役世代が将来受け取る年金が少なくなり不公平だ。ならば、個人で年金を積み立てた方がよい」というのがこの主張の論拠です。 

 しかし、個人でお金を蓄えても、将来それで必要な物やサービスを買うことができるかは不明です。インフレで物・サービスの値段が上がれば、積み立てたお金が不足するかもしれず、自分がどのくらい長生きするかも分からない。そのため、将来、お金が不足し、必要な物やサービスが買えなくなるリスクは消えません。これでは、公的年金制度の目的を果たすことはできません。また、膨大な積立金を運用する金融資本市場が存在しないという問題や、制度移行の際、現役世代が自らの積立に加えて、受給世代の年金分も負担しなければならない「二重の負担」の問題等もあります。 

 このように、「積立方式」が必ずしも世代間格差を解消するための魔法の杖ではないことは明らかです。 

 「世代間の公平性」という視点は極めて重要です。しかし、その際には、本質を見極めた議論が必要です。私案では、「若者や子育て世代を応援する年金制度」をテーマに置き、本当の意味での「世代間の公平性」を実現する現実主義の改革を提言して参ります。(了)

 

スタッフ日記「2月7日ソチ五輪開幕」 
 ソチ冬季オリンピック・パラリンピックの開幕まで1週間を切りました。1月26日までに派遣される選手もすべて決まり、いよいよ本番を迎えるのみとなりました。 

 ちなみに選手団の人数は248名(うち選手は男子48名、女子65名)で、1972年札幌、1998年長野の国内開催を除けば冬季大会史上最多の人数なのだそうです。また。女子が男子を上回ったのも初めてのことなのだそうです。 

 思えば、これだけ女子の種目に注目の集まるオリンピックも珍しいのではないでしょうか。フィギュアスケートやジャンプなど、連日報道されている競技はもちろんですが、激戦の末に残り1枚の切符をもぎ取ったカーリングや、長野以来2度目、予選を突破しての出場は初めてとなるアイスホッケーも目が離せません。 

 テレビでは長野を越える事ができるか、などメダル獲得競争にばかり焦点があてられていますが、私からすれば子どもや孫のような年齢の選手も多いので、メダルの重圧に負けず日頃の実力を出し切ってもらいたいなあ、とそんな気持ちにもなります。 

 ただ、気になる事が1つ。予告が相次いで出されているテロについてです。アメリカが艦船2隻を黒海に派遣したとか、ロシアが治安維持のためテロ組織を攻撃した、など連日報道されています。平和の祭典と言われるオリンピック、決してミュンヘンの惨事を繰り返さぬよう無事の開催を望むのみです。 

 ヤンキースへの田中マー君の移籍、本田圭佑のACミランでの活躍など今年も海外での日本人の活躍が楽しみな1年となりそうです。 

 日本選手団がんばれ!(スギ)

第624号 「世代間格差」を考える