第583号 解雇規制緩和をめぐる議論 

2013年3月30日 (土) ─

 現在、政府では産業競争力会議等の3つの有識者会議で、「労働市場の流動化」などの雇用規制改革が議論されています。今回は、その中でも「解雇規制の見直し」に焦点をあて、私の考えをお伝えします。

◆第1次安倍内閣からの経緯 
 第1次安倍内閣が発足した2007年5月、政府の規制改革会議から「脱格差と活力をもたらす労働市場へ」という文書が出されました。その内容は、「一部に残存する神話のように、労働者の権利を強めれば、その労働者の保護が図られるという考え方は間違っている」という前提の下に、最低賃金の引き上げ、女性労働者の権利強化、正社員の解雇規制、労働時間の上限規制などをことごとく否定するものでした。 

 福田政権以後、党内外からの強い批判もあり、労働規制緩和の議論は沈静化しましたが、現在の安倍政権における、再就職支援金による解雇や労働時間規制緩和の議論はその延長線上にあります。安倍内閣が、批判も予想される解雇規制緩和等の課題に本格的に着手するのは参院選後になると予想されますが、その動向については注視していく必要があります。

◆解雇ルールの明確化 
 一方で、労使双方の権利を尊重する形での解雇ルールを明確化しようとする試みには意味があると考えます。 

 民法では、期間の定めのない雇用契約は、各当事者「いつでも解約の申入れをすることができる」とされており、これを制限するものとして判例法理や労働基準法、2008年以降は労働契約法の規定があります。2003年の労基法改正では「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」ことが明文化されました。この時、当初の政府案には「解雇は原則として自由」との趣旨の文言がありましたが、民主党が反対して削った経緯があります。 

 しかし、どの場合が「客観的に合理的な理由」「社会理念上相当」なのかは、裁判所の判断に委ねられており、使用者・労働者双方の立場から解雇が不当か否か判断することが難しい状態となっています。結果、裁判を提起する資力がない労働者にとっては、不当解雇か判断が難しいケースでは泣き寝入りするしかない状況を生んでいます。この点については、整理解雇の要件も含め、立法府が労使双方の権利が守られる形でのルール整備を行うべきです。

◆労働市場流動化と成長戦略 
 解雇規制緩和を議論する安倍政権の意図は、労働市場を流動化し、成長産業への労働移動を促進することにより、産業競争力を向上させるというものです。しかし、受け皿となる成長産業が創出されていない状態での流動化は失業や不安定雇用を増加させるだけの結果となりかねません。また、能力は安定した雇用のもとで蓄積されることを踏まえれば、若者などこれから能力を身につけようとする人にとってはマイナスの影響が考えられます。人的資源の蓄積という観点から、雇用流動化と産業競争力の関係は慎重に考える必要があります。人の育成こそが活力向上の鍵を握るという認識を前提に労働政策を議論すべきです。(了)

 

スタッフ日記「ボク関西人in東京」 
 国会事務所でインターンを始めて1年、大学進学で奈良から上京して2年が経ちました。

 2年も経つと、文化的にいろいろ東京ナイズドされてくるものです。

 エスカレーターに乗ると自然に左側に立てるようになるし、無理をすれば標準語で会話できるようにもなってきます。すると、必要のない場面でもふとした拍子に標準語になったりもします。 

 しかし、奈良の友人たちからすれば、それはあまり歓迎できたことではないようで、帰省して少し話をすると、すぐ嫌な顔をされてしまいます。「東京に魂売った」、「上京してから面白くなくなった」などといわれのないそしりを受けることもしばしばです。 

 「マック行こうぜ」、「って思うじゃん?」みたいなのはさすがにまずいと思うのですが、「最近さー」や「そうだよ」くらいは許してほしいものです。 

 しかも、困ったことに、完全に東京に馴染みきれているわけでもないのです。この前も国会事務所で、定規を借りたくて、「サシ貸してください」と言ったら怪訝な顔をされました。まさか方言とは思いませんでした。 

 奈良では裏切り者呼ばわりされ、東京にも染まりきれていない僕はまるでイソップ物語の卑怯なコウモリ。新幹線で4時間もあれば行き来できる東京と奈良ですが、文化の壁はまだまだ厚いようです。 
でも、だからこそ僕はそのふたつの架け橋となり、両方で愛される人間になりたいと思っています。(ペーター)

第583号 解雇規制緩和をめぐる議論