息子の卒業式

2007年3月15日 (木) ─

 この月曜日に息子の卒業式に出席できた。

 小学校ではあるが、国立の付属のためそれぞれに進路が分かれる。幼稚園から通い続けて8年間、幼いときから見ているクラスの子どもたちは、全員かわいいわが子のようだ。

 浪人中、富雄の駅で朝、演説をしていると、幼稚園児の子どもたちは同級生の錦チャンのお父さんだ!と言って、お母さんにせかされながらもこっちを向いて大きく手を振ってくれた。やがて小学校に上がるようになると、一人で登校しながらも、皆、演説中のマイク持つもう一方の手にハイタッチして改札を抜けて行った。そして、それも高学年になると、恥ずかしそうに脇をすり抜けていくようにもなった。

 でも振り返ると、最も早い時期から気づかれないように演説中の私の横を駆け抜けていくようになったのは息子だった。

 いろいろな8年間の出来事が一杯詰まった卒業式は、息子にとっても想いの募るものであろう、と代表来県の日程ではあったが合間を縫って駆けつけた。

 付属の小学校からは選抜で中学へと上がる。いわゆる受験というほど大変なものではないかもしれないが、それでも学内の選抜試験がある。息子はそれに、落ちた。

 付属に上がるもの以外、私学の受験などをする子どもたちもいるので全員一緒ではないが、少なくともそのまま進学することを望んでそれが叶わなかったものは多くはない。

 息子もショックだったようだ。そして、息子を愛してやまない母親のヒロコも相当に落ち込んだ。

 あまりのショックに、ヒロコなど髪を切った(らしい...がコッチは気がつかなかった...)。

 「いやぁー、人生いろんなことあるから!。エエ経験や!、お父さんなんか自慢やないが受験という受験、今まで一度も成功したことないがな!!!。まぁ、その悔しさをバネにまたこれから頑張れ!!!」と、励ましのつもりで暗い顔した母子に語った。

 すると、「アンタの、そのボケボケがこの子にうつったのよ!、アンタのせいよ!!」と、とんでもない方向からこちらに矛先が向いてきた。

 ヒェーッ!っと、口をつぐんだがその後は学校のことにはあまり家庭内でも触れなかった。

 卒業式、久しぶりに小学校を訪ねる。校庭の木々を眺めながら校舎に入る。教室をのぞくと、子どもたちの日々の暮らしのその現場には、甘酸っぱい匂いが漂う。子どもの描いた絵や工作物が並ぶその空間には、間違いなく生活の一部がある。この学校の空気を全身で受け止めると、息子の気持ちが痛いほどに伝わってきた。

 共に成長を遂げてきたクラスメートと別れる寂しさ。一人、去り行かねばならない切なさ。一方、皆と一緒にいられる時間を少しでも楽しく過ごしていたい、と願う親愛の情。

 きっと、ゴッチャになった気持ちでこの3学期を過ごしてきたことだろう。長年、親しくしてださったクラスメートのお母さんたちとしゃべっているヒロコも、心なしか寂しそうに見えた。

 果たして俺は、父として、夫して、その場所で暮らし、時間を共有するものしかわからない機微を、充分に理解できていただろうか?。そしてそのことを踏まえて言葉を発することができたのだろうか?。息子やヒロコの何十分の一、いや何百分の一も、環境や状況をわからずに安易な言葉を発してはいなかったろうか...。

 式典中、ずーっとそのことが頭から離れなかった。

 名前を呼ばれ、卒業証書を受け取る息子の表情が一瞬、強張ったかに見えたが、証書を片手に保護者席の親を探すその表情は、すぐにいつもの照れに変わっていた。

 式典の終了直後に、息子と言葉を交わす間もなく、代表の予定にあわせて近鉄奈良駅へと抜け出した。

 その夜、帰宅は深夜となった。

 玄関から、まっすぐ子ども部屋へと向かった。

 二段ベッドの階段を、多少よろけながら登って息子の顔を覗き込む。

 言い忘れていた言葉を、ベッドの中でぐっすり眠っている息子に向かってささやいた。

「卒業、おめでとう...。」

 夢の中かもしれないが、ウン、と頷いた、ような気がした。

 思わず、起こさないように、そーっと、やさしく頭を撫でた。

息子の卒業式