流動性に直面する家計

2011年9月29日 (木) ─

 増税議論の中で、中長期の財政見通しの話がよく出てくる。我が国ではいわゆる、内閣府の「経済財政の中長期試算」がそれにあたる。直近では8月12日付のものだが実は、この試算で、こそっとあることが行われたのではないかと僕は訝(いぶか)しんでいる。

 もともと内閣府計量分析室の計量経済モデル(平成22年8月 内閣府計量分析室 「経済財政モデル(2010年度版)資料集」)は「経済財政モデル(2010年版)」。これは過去の経済の相互の関係をモデルとしたものであり、消費税2%増税のGDP成長率に与える影響は1年目でマイナス0.6%となっている。

 一方、増税の論拠とされるIMFのモデル(2011年9月8日 国際通貨基金 「日本の際成長に向けた見通しと戦略(財務省仮訳)」(平成23年9月8日 財政制度等審議会 財政制度分科会 資料))は、一定割合の家計は、増税や減税を行っても消費行動を変化させないことを前提としている。消費税がGDP成長率に与える影響は、内閣府のモデルよりも小さくなっている。GDP比1%相当の消費税増税がGDP成長率に与える影響は1年目でマイナス0.5%弱となる。

 IMFのモデルでは、将来の経済の状況が現在の消費や投資に強く影響を与えるモデルとなっている。そのため、消費税増税により長期的にはGDP成長率が増税前に比べ上昇する。これは、増税により債務残高が、増税しない場合に比べ発散せず、そのため、利払い費が減少し将来の増税が減るため消費が増加する、さらに金利が低下し設備投資や消費が増加する、不確実性が減少し消費や設備投資にプラスの影響を与える、などにより、GDP成長率にプラスの影響を与えるためである。

 上記URLの財政制度等審議会財政制度分科会では、「消費税率引上げは、当初は経済成長を弱めるが、信認の回復により、徐々に埋め合わせられるだろう」とこのIMFモデルでの試算をよりどころとして消費税増税の正当性を打ち出している。

 一方、内閣府のモデルは、将来の経済の状況を織り込むモデルではないため、増税が経済にプラスに与える影響はIMFモデルよりは出にくくなっている。

 しかし、8月12日の試算では最終項に二行、「社会保障・税一体改革による消費税率引上げは、国民が広く受益する社会保障の安定財源確保に向けたものと明確に位置づけられていることから、経済への影響は限定的になると想定される。」としている。

 これはいったい、どうしたことか。なにゆえ、「経済への影響は限定的になる」のか?

 僕はなんらかの細工が施された痕跡だと思っている。

 IMFモデルでは、もともと、「増税により行動が変化しない家計」すなわち「流動性に直面していない家計」が多いことを前提としている。これは、「今増税する」→「将来の増税はない」→「多少貯金を取り崩しても大丈夫」→「消費行動はあまり変わらない」という家計が7割5分いるということを意味している。

 しかし近年、実証的には「流動性に直面する家計」は増加傾向にあることが発表されている(矢野浩一・飯田泰之・和合肇(2010))。

 消費税増税については経済への影響を考慮すべき。当然である。

 しかし、内閣府の試算で「経済への影響は限定的になる」としているのは何か?

 IMFモデル同様に、「流動性に直面していない家計が多い」仮定で計算をし出したのかもしれない。

 ごまかされてはいけない。

流動性に直面する家計