改憲で問われる地方自治について

2013年5月11日 (土) ─

 安倍政権が憲法改正を今夏の参院選挙の争点と謳ったことにより、与野党共に具体的な対応の検討を求められている。民主党においても憲法調査会の議論が参院選に向けて加速されると同時に、より慎重な姿勢を問う声も大きくなる気配だ。いずれにしても、もはや争点化は避けられない状況になりつつある。

 憲法改正が参院選の争点として示されることは総選挙前の安倍総裁の言動からも明らかであったことから、私自身はむしろ新たな別の争点設定準備を早急に行うべきであると考えていた。一方政界の離合集散の行く末を考えると、統治機構改革を党是に掲げる維新が改憲に前のめりになることは容易に想像でき、自民と維新の改憲勢力の合流、改憲慎重論が根強い公明の立ち位置の揺らぎ、さらに中道・リベラル勢力を代表しようとする民主のスタンスによって、政界の構造が大きく変わる可能性も十分に考えられた。このような状況の中で、96条改正が改憲の焦点のように伝えられているが、上記のような政界構造を大きく決める改憲を巡る争点を改めて考えてみる。

1.憲法で定められる統治機構
 改憲の争点として96条いわゆる改正発議の要件が主に取りざたされているが、自民のみならず、野党である維新が改憲勢力たらんとする最大の源泉は統治機構改革にある。維新は橋下共同代表による大阪都構想をはじめとする地方分権及び統治機構改革を前面に打ち出して国政に進出してきた。したがって、改憲の最大の主眼はこの統治機構改革であることは明らかである。一方、大阪都構想は昨年8月に与野党7党による議員立法として「大都市地域特別区設置法」が成立し、法制度上はその目的とするところを可能せしめた。しかし、維新の意図する統治機構改革はこれにとどまるものではない。その先の道州制を、むしろ連邦制に近い地方自治を企図し発信を続けている。その場合には、自ずと憲法の改正が求められることになる。

 現行憲法では第8章地方自治で、92条から95条までにその規定がなされている。92条で「地方自治の本旨」の下、地方公共団体が法律に基づいてすべて行われることが示されているのだが、この「本旨」は解釈として地方公共団体による「団体自治」と地域の住民の意思に基づきその責任による「住民自治」の二つのことを示しているとされている。憲法改正にあたっては、統治機構改革を主張する立場からはこの「地方自治の本旨」の中身について「国と地方の役割分担」及び「道州制」について明記すべきという議論が提示されるだろう。

 93条では自治体の議会と首長が直接選挙で選ばれるという二元代表制についての規定が示されている。これについても、米国や英国などのようにシティマネージャー制として、議会の長が首長を兼任した上で、行政や都市経営の専門家を「支配人」(シティマネージャー)として任命し市政の実務を担当させることができるような多様性の自治を求める意見も憲法改正事項として出されている。

 また、94条では自治体の権能を規定しているが、特に同条では法律の範囲内での条例制定を定めたものであり、これに対する改憲議論として法律と条例を区分して立法措置を可能にすべきだとする「条例先占論」がある。民主党マニフェストにもいわゆる「上書き権」が示されてはきたが、条例による先占論ではない。これなどは、明らかに連邦国家を目指すという国のかたちを明確に求めていることに他ならない。

 一方、95条は、一つの自治体のみに適用される特別法の成立に住民投票による過半数の同意を条件としているが、これについては、最近ではほとんど例がないなく維新の会からは「死文化している」として削除すべしとの意見が出ている 。しかし、95条は住民自治の原則を具体化するために設けられた規定であり、これを削除することは地方分権の流れとは相いれない主張ではないかと考えられる。

 このように、統治機構改革の先にある憲法改正論議は、単に道州制の導入ということだけではなく、連邦型国家を作るのか否かという、国の在り方に直結する課題についての結論を前提にするものである。

2.道州制の直近の議論
 上記のような改憲議論の前提となる道州制についての直近の議論はどうだろうか。自民党は平成20年7月29日の道州制推進本部にて「道州制に関する第3次中間報告」で、新しい統治機構としての道州制ということで「限りなく連邦制に近い」国のかたちを提言している。そして、その道州制のイメージの中で、国の事務を極力限定、国家機能を集約強化するとして4つを定めている。

 (1)国家の存立の根幹に関わるもの、(2)国家的危機管理その他国民の生命、身体及び財産の保護に国の関与が必要なもの、(3)国民経済の基盤整備に関するもの、(4)真に全国的な視点に立って行わなければならないもの、である。

 ちなみに、国と地方の役割については、平成12年の「地方分権一括法」による地方自治法改正で地方自治法第1条の2において以下のとおり、規定されているものである。

地方自治法1条2
国は、前項の規定の趣旨を達成するため、国においては国際社会における国家としての存立にかかわる事務、全国的に統一して定めることが望ましい国民の諸活動若しくは地方自治に関する基本的な準則に関する事務又は全国的な規模で若しくは全国的な視点に立つて行わなければならない施策及び事業の実施その他の国が本来果たすべき役割を重点的に担い、住民に身近な行政はできる限り地方公共団体にゆだねることを基本として、地方公共団体との間で適切に役割を分担するとともに、地方公共団体に関する制度の策定及び施策の実施に当たつて、地方公共団体の自主性及び自立性が十分に発揮されるようにしなければならない。

 上記(1)(2)は1条2の「国際社会における国家としての存立にかかわる」ことであり、(3)は1条2の「全国的に統一して定めることが望ましい」ことでで、(4)は1条2の「全国的な視点に立つて行わなければならない」ことがらに相当似通ったものとなっている。

 つまり、現状の地方自治法における国の役割を前提としても、時の為政者が、意図して国の役割の大胆な重点化に取り組めば道州制の導入は可能ともいえるのである。

 そして、この中間報告を基に先月再度昨年9月に定められた「道州制推進基本法案(骨子案)」の改訂版が出された。内容を見ると、中間報告からほとんど詳細を詰められることなく、その骨子案はできている。30人からなる道州制国民会議を設置して、道州の区割り、国と道州の役割分担、に始まり立法権限、財政調整制度や議会、首長、公務員制度など12項目を3年以内に答申を出し、2年以内に法制の整備を実施することを定めており、5年前の中間報告からほとんど変わることなく道州制推進基本法案としてそのままの形で提出されてきた。

 この国民会議では、政治の主導がなされない現状の社会保障制度改革国民会議の建付け同様に、結論がなかなかに導かれないことが容易に想像される。それぞれ群雄割拠する独立した地域との連携という成り立ちの中で連邦国家を形成してきた諸外国同様に、日本の国のかたちを抜本的に見直し、その構造を変えていくのか否かという議論が生煮えのまま議員立法法案として与党が提出しようとしている。果たしてその真意はいったいどこにあるのか。

3.参院選前までの維新への疑似餌か
 安倍政権としては、なんとしてでも憲法改正を可能せしめる議席の獲得を目指している。その為には自らが議席を伸ばし、かつ改憲に必要な3分の2議席を公明との関係を配慮しつつも自民と改憲に前向きな維新の議席増大と連携によって確保を目指すのは当然だろう。維新が、92条改正で道州制を記すなどの行き過ぎた連邦国家構想を示しても、それを正面から否定することなく道州制を推進していく「フリ」が必要になってくる。おそらくはそのことを前提に置いた「道州制推進基本法案」であろう。

 そうでなければ、政府を統べる与党として、霞が関を革命的に変えていくことになる道州制導入を、こうも安易に法案として議員立法提出に踏み切るとは思えない。

 現状の与党法案のネックは、「5年で法制整備実施」だろう。さすがに、これをそのまま政府が飲めるとも思えない。相当程度慎重に役所間の調整を行わなければならない事項を、役所抜きの与党の法案審査で進められるとはよもや考えてはいまい。その意味で、参院選前の与党による今国会での法案提出というのは、自民の維新に対するリップサービス、あるいは改憲勢力確保の疑似餌としか思えないものである。このような状況の中、私たちは、憲法改正の議論の中心的論点の一つとして、地方自治に対する考え方の整理が極めて重要であることを肝に銘じなければならない。

改憲で問われる地方自治について
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