第632号 日米核共同声明の本質 

2014年3月29日 (土) ─

 24日、オランダで開かれた核セキュリティ・サミットに先立って、日米両政府は、東海村研究施設にある高濃縮ウランとプルトニウムを全量撤去し米国で処分するとの共同声明を発表しました。これをめぐり様々な憶測が飛び交っており、その解釈について米ニューヨークタイムズ紙の取材を受けました。

◆飛び交う憶測 
 冷戦時代、米国と旧ソ連は、それぞれの陣営内の国々に、いわば結束の象徴として研究用の核物質を供与してきました。その多くは今も世界に散在しています。2001年の米国同時多発テロ、そして、2009年のオバマ大統領の「核なき世界」演説を経て、世界に散在する核物質がテロに転用されることを防ぐため、回収の流れが強まっています。今回の日米共同声明はその流れの中に位置づけられ、核テロの脅威を減らすための核物質管理について日米間で合意がなされたことは評価すべきです。 

 しかし、一方で、今回撤去の対象となる数百キロの核物質とは別に、日本は、原発から出る使用済燃料の再利用を図る核燃料サイクル政策のもと、事実上使うあてのないプルトニウムを40トン以上(単純計算で核兵器5000発以上に相当)保有しています。私は、総理補佐官として原発事故に向き合った経験から、議連を立ち上げ、核燃サイクル政策について警鐘を鳴らし続けてきました。しかし、安倍政権は、エネルギー基本計画原案においても、実質上破綻している「核燃料サイクル政策の着実な推進」を明確に打ち出しています。 

 メディアでは、今回の共同声明が「核なき世界」への前進をアピールする一方で、日本は核燃サイクルを継続し使うあてのない大量の核物質を保有しており、矛盾しているのではないか、あるいは、今回の共同声明を、核燃サイクル継続を正当化するための手段として使おうとしているのではないか、といった疑問や憶測が飛び交っています。しかし、今回の共同声明の本質は別の観点から見ることができると考えます。

◆ケースバイケース・アプローチ 
 米国は他国との原子力利用のための協定締結に際しては「ケースバイケース・アプローチ」をとっています。すなわち、米政府内で原子力振興を担うエネルギー省と核不拡散を担う国務省で、アクセル役とブレーキ役の役割分担をして、巨大産業であると同時に安全保障上の脅威にもなりうる原子力に関する外交を巧みに行っています。日本はその傘の下で動いているに過ぎません。 

 それ故、米国は、今回の核物質撤去の日米合意の一方で、日本が核燃サイクルを推進することを特段問題視することはなく、むしろ双方を推進することを推奨すると思われます。それこそが、覇権国家アメリカの本来的な行動です。核軍縮や核無き世界を標榜しながらも、自国の安全保障や自国の経済的利益のためには原子力の推進に力を注ぐ。まさに、ケースバイケース。これこそが、アメリカの本質であり、だからこそ、我が国が事故の教訓も踏まえて、自らの意思で判断しなければならないのが、原子力政策でありエネルギー政策です。 

 日本は、原子力のあり方と核燃料サイクルの現実にしっかりと向き合い、一国としての考え方を整理しなければならない。そうして初めて「核の国際秩序とは何か」を本当の意味で世界に発信できると考えます。(了)

スタッフ日記「趣味:掃除」 
 私は春から奈良事務所でインターン生としてお世話になっている大学生です。

 私は掃除嫌いで昔から整理をする習慣がありませんでした。普段から机上はもちろん、部屋の床にも物が散らばっていて、友達を中に入れられない日もあったほどです。 

 そんな私がインターンを始めてから掃除をするようになりました。 

 インターンでは、社会人の人たちと過ごす時間が多いのですが、その皆さんから私にはない会話での落着き、身だしなみなどの気持ちの余裕を感じました。こんな大人になりたい、自分を変えたい、そのキッカケになれば、と掃除を始め、気づけば何日もそれが続いています。今は、部屋はピカピカ。家族で1番綺麗な自信があります。 

 私の両親は父がとっても綺麗好き、母は真逆で掃除嫌いです。その2人の血を引き継いでいる私は母親似で、部屋の中も言わずもがなの状態でした。「母の血が強い」と親戚からもいつも言われていましたが、ハタチ目前にして父の血が目覚めてきたような気がします。 

 今では掃除が趣味になりました。インターンが終わったら帰宅途中にいつも100均にいき、収納グッズを買う日々で、もう常連になりつつあります。 

 実際、掃除をし始めてからは気持ちに余裕が出てきました。それだけじゃなく、片付けそのものが楽しくなってきて、良いこと尽くめです。これからも掃除を続け、常に綺麗な部屋にしていけたらいいなと思っています。(むっく)

第632号 日米核共同声明の本質