バックエンド、一次提言の覚悟

2012年2月12日 (日) ─

 先週7日に原子力バックエンド問題勉強会の第一次提言をまとめた(バックエンド勉強会第一次提言文)。

 昨年の10月27日に立ち上げて以来、14回に及ぶヒアリングや議員間討議、茨城、青森、福井への現地視察さらには役員間での議論と精力的な取り組みの結果を漸くまとめたものである。

 昨年の3月26日に原発事故対応の総理補佐官を任命されて以来94日間、事故収束に全力で取り組んできた。陸海空で漏れ続けている放射性物質の汚染拡大防止策を講じ実行に移すとともに度重なるM7級の余震に対する耐震補強工事など、当時まだ高線量下で人が近づくことができない状況の中での施策実施を指揮してきたものとして忘れられない時がある。

 補佐官就任から78日目。6月11日、僕は遮へい、中長期対策の責任者として福島第一原発に入域し第4号機原子炉建屋に入室した。

 余震によって崩壊の危険性をはらむ使用済み燃料プールの耐震補強工事を命じた責任者として、その補強工事状況を現認しに行った。

 20分間。建屋の中は光も音もない闇の世界。

 目に見えるものも、臭いも、形もない放射能という恐怖に押しつぶされそうになりながら燃料プールの補強工事の確認を行う中で、この目に見えない放射能の恐怖によって故郷や地域を追われ、家族が離れ離れになってしまった被災者の苦悩が僕を襲った。

 我々は、人知を超えたものを御そうとしているのだろうか!?

 そして使用済核燃料プールというものの存在を、実感を持って自らの体に、意識に刻み付けることになる。

 なぜ、このような形で原子炉建屋に使用済核燃料が置かれているのか。全国の原発には1万3500トンもの使用済核燃料がある。福島だけのことではない。再処理という政府の方針だが、一度も動いていないこの仕組みをそのままにしておいていいのか。

 バックエンド問題は、国会議員で唯一、収束にほど遠い発災から3カ月の段階で原子炉建屋に入った人間として、放置できない課題だという強い想いが僕を突き動かした。この問題に向き合う、覚悟と使命を僕は持つ。

 そして、多くの議員同志を得て、今日までの議論の積み重ねを行うことができた。方向性を打ち出し、具体的に形に変えていく。

 だから、この提言は、「一次」だ。

 提言提出で終わらせるわけにはいかない。これから、運動体に変えていかなければならない。立法府が機能しなければならない。政府がやみくもに進めようとしても、国権の最高機関である国会が判断していかなければならない。

 提言では、再処理・核燃サイクルは実質的に破たんしているとして4+1の原則と方向性を示した。

 4つの原則とは、受益と負担の公平性、公的機関の関与、技術的知見の蓄積、情報公開の徹底であり、これによりモラトリアムという方向性を示している。日本語で訳せば「猶予」となるが、単に先送りということではなく具体的にドライキャスクによる「責任保管」という受益自治体の原則を例示している。もちろん自治体に丸投げではなく、国の主導的関与が前提だ。

野党にも働きかけながら、政府の原子力政策大綱の見直しが誤った方向に向かないようにしなければならない。

バックエンド、一次提言の覚悟