100回目のシビックミーティング
2009年4月26日 (日) ─
昨日、シビックミーティングは100回目を迎えた。
平成12年11月から9年半で100回達成となる。浪人中、暗中模索で始めたいわゆる「タウンミーティング」だが、当時の資料を見直すと、ネーミングも「シビックミーティング」に落ち着くまで様々あった。
「オープンミーティング」、「パワートーク」、果ては「ハッキリ説法108つ」なんてのまであった。そういえば、当時この不易塾日記にも載せていたキャッチフレーズが「ハッキリさせる!」だったから、そんな案が飛び出したのかもしれない。
人も集まらず苦労したことなどが今となっては懐かしい思い出だ。かつて小さなギャラリーを会場として借りて参加者を待っていたところ、来場者一名、ということもあった。さすがにめげて、もうバカらしいからこんなこと止めようかとも思った。しかし自らを鼓舞し、がんばって続けてきてようやく100回。今では、商工会議所大ホールがいつも満杯で、年二回の学園前ホールでも入りきれない時がある。
本当にありがたいと思うと同時に、続けることの意義を感じる。
あわせて懇親会の「天下国家を語る会」も50回を数える。いつも、お店貸しきり状態で盛り上がる。
そして今回は100回記念ということで、若干のふり返りをしながら国政報告。
しかし相変わらず、厳しい意見が続く。キツサが増す中で、意見集約がとうとう95パーセントの域にまで達してきた感アリ。シビックミーティングでの意見もその域にまで来ているし、徹底的な地元周りでもほぼ同じ感触。
あれから8度目の週末を迎える中で、事態はより深刻さを増している。
100回目のシビックミーティング