大臣になって最も変ったこと

2010年11月3日 (水) ─

 大臣になって最も変ったことは?という質問をよく受ける。

 うーん、これが、一番多いかな。

 そんな時、わかりやすさという意味で、警護対象者となったことによる身辺警護の厳重さというのをよく話す。それと、次に副大臣を経験していたけど直接かかわることのなかった閣僚としての職務の量と質について話す。

 閣議をはじめとして、様々なレベルの閣僚会議は相当に頻繁に行われている。おそらく政治主導という意味では、この部分に拠るところが一番大きいのではないかというぐらい密度濃く、ある。しかしあまり一般的ではないかもしれないが、行政実務を執行する側として最も大きく変ったと感じる部分が、実は全然違うところにある。

 それは、職務遂行のためのスタッフの充実度。

 副大臣の時にも秘書官が就き、各局への指示系統もキチンとできてはいたが、大臣のそれは格段の違い。実際仕事をする上で、コレが一番大きく影響する。

 副大臣時代、大臣に進言して政務三役のシンクタンク機能として昨年10月に政策審議室を設けていただいた。政治主導法案可決を待っていては遅すぎると思い、法改正を行わずに訓令室として設けた。政治主導のマネジメントツールとして、必須のものだった。

 一年間、運用面でいろいろ学ぶこともあり、あらためて大臣として一層の機能強化を図った。

 局を動かしていく中で、大臣室との関係性も十分配慮しながら会社で言うところの経営企画室の役割を果たしてもらうべく日々試行錯誤を繰り返しながら課題の解決に努力してもらっている。

 なんせ、「人の集まり」が組織であるゆえ常に難しさは付きまとうものだが、大臣周りのスタッフ充実と政務三役の一体化が全ての鍵。

 民間時代の感覚で言えば、一ヶ月で新たな経営体制の強化を図り、三ヶ月でその運用も含めて強固なものとし自らの手足のごとく自在に動かすことができるか、がポイントだ。

 一年間苦楽を共にした仲間とさらに自らがアサインした大臣室のメンバーの結束は固い。そして、機能強化した政策審議室のメンバー、通称、中廊下(なかろうか)と呼ばれる幹部の皆々と、いよいよ大改革を始める。

大臣になって最も変ったこと