エンバーミング

2014年3月18日 (火) ─

 この週末、お彼岸の時に、母の四十九日法要を迎える。

 亡くなってからこの間、忙しさに紛れてあっという間だった。あらためて、法要の段取りなど連絡を取りながら、あの時の記憶がよみがえる。

 母が息を引き取った瞬間のこと、そしてその後の葬儀の日程を決めなければならない時の決断。

 そう、あの時は目前に党大会が迫っていた。大会議案提案者として欠席はできない。

 当時のブログに、「大会後に母を送る。決断し、すべての段取りを整えた。」と書いた。

 そして、それは葬儀日程を先送ることを可能にする「エンバーミング」処置のことだった。

 義父を送った時は考えもつかなかったが、今回は日程上繰り延べるなら、とその提案を受けた。一瞬、躊躇はなかったかと問われれば、否定しがたい。しかし、なんとなく耳にした言葉だったが初めて実感を伴って聞き、受け入れた。

 エンバーミング、この聞きなれない言葉は、簡単に言えば遺体の長期保存処置のことだ。

 長い歴史の過程では、キリスト教義において火葬を禁じてきた経緯もあり、このような遺体の存置については宗教的解釈もあるとされている。一方、現実には戦争で亡くなられた方の遺体を処置して遺族の元に返すための手段としての技術の発展もあった。

 今日、北米などでは一般的な処置となっているようだが、99%以上、遺体の最終処理を火葬で行う我が国ではその慣習はない。

 今回、葬儀を繰り延べるためにエンバーミングを決断したのだが、その時に法定がどうなっているのかと、不思議に思った。聞くと、日本では制定された法令はない。

 ところが、技術者に聞くと、我が国においても永久保存も可能な技術レベルだという。

 専制国家、社会主義国家等が、指導者の権威を高めるために永久保存を行い生前の姿を展示し続けている例もある。しかし、我が国は火葬の慣習があり、関係法令もない状況の中でエンバーミングによる保存はどうなるかというと、葬儀業界団体である日本遺体衛生保全協会(IFSA)が環境省の指導の下、その行為を行い自主規制を行っているのが現状であった。遺体の損壊罪に当たる刑法190条にに抵触しないことを要件として処置後の遺体保存期限を50日間とする自主規制を行っている。

 つまり、日本ではエンバーミング処置によって50日間の遺体の保存は可能だが、それ以上は処置同意によって火葬または埋葬しなければならないとされているのだ。レーニンや毛沢東や金正日などのように永久保存はない。

 このような、制度上の実態と自主規制による運用の実態を目の当たりしたのだが、では、技術としてのエンバーミングはどうだったかというと、それはそれは、感嘆の一言だった。

 処置を施され我が家に戻った母は、生前の、元気な時の様子そのままの寝姿に蘇った。ドライアイスなど必要とせず、常温の母の寝室のベッドに横たわっている寝姿は、今にも起き出してきそうな様子で、また、触れると、冷たいものの皮膚や筋肉の弾力などそのままである。

 母を迎えて、きれいに化粧をしてもらった顔を見ると、そのままずっとベッドで寝ていてもらってていいという気にすらなった。そんなわけにはいかないのは百も承知だが、今思うと、寝姿でいる母の亡がらを数日間見続けることによって、少しずつ、心の整理がついていったような気がする。

 今は、小さな箱の中の壺の中に収められた母。

 その姿は、記憶の中だけとなった。

 週末の四十九日。

 御霊が御仏となることを家族で祈る。

エンバーミング