恩師との別れ

2006年1月8日 (日) ─

 恩師の横浜国大土木の今井五郎教授が急逝された。一報を受けて、言葉を失った。

 葬儀へは夫婦で参列させていただく。

 今井先生は、われわれ夫婦の媒酌の労をとっていただく予定の方でもあった。

 先生の親族のご不幸により、急遽媒酌人を受けるわけにはいかないということで、結婚式ではお願いできなかったのだが、それでも先生にはご祝福いただいた。18年前のことでもある。

 今でも、大学の土質研究室時代、先生と夜遅くまで研究に没頭し、二人きりで和田町への雪の積もった坂を下りながらの禅問答のような会話を思い出す。

「まぶち、人生とは何だ!?。」、と今井先生。
「...、人生とは...、迷うこと、でしょうか...?。」と私。
「はっ、はっ、はっ、お前さん、若いのう!。」。

こんな会話を楽しんで(?)いた日々。

 厳しくそして暖かい先生の教えを、今まで大事にしてきたとの自負がある。

 土木の道は、自らの志を貫かせていただくことで共に歩むことはできなかったが、先生の仰る「美しい国土と、麗(うるわ)しい文化づくり」という意味では、変わらずご一緒させていただいていると思っていた。

 一昨年、横浜国大土木の同窓会を中心とする首都圏の後援会である「ときわ後援会」の発足にも中心的な役割を担っていただき、「大きな政治家になれ!。」との先生の発起会でのご支援の言葉は決して忘れることはない。

 齢60歳とまだまだ、後進への指導を期待されている身であった今井五郎教授は、惜しまれながらも多くの教え子たちに見送られていった。

「先生、まだまだちっぽけな人間であり、未熟な政治家です。しかし、私の志は、先生が命をささげられた国土創造を通しての国の発展と同様に、民心を真正面に受け止めての国の発展のために一途に向けていく所存です。シビルエンジニアリング、市民工学が社会の礎だと仰っていたことを決して忘れずに、がんばってまいります!。」

と先生の魂にお誓い申し上げた。

「おまえさん、まだまだだのう!。」

との、盃を傾けながらの先生の笑い声が聞こえてくるようだ。

ただ、ただ、合掌。

恩師との別れ