靴磨き「画伯」の個展
私は、靴磨き屋さんが好きだった。いや今でも好きだ。時間があれば腰掛けて磨いてもらいたいなぁ、と思う。ピカピカに磨きあげてもらうと何だか、ジェントルマン、「紳士」になったような気分になる。
もう遠い昔、会社づとめのころ、仕事に疲れた自分を癒すように「チョット贅沢な気分になろう!」と道端の靴磨きのいすに腰掛けた。
東京駅丸の内改札口を出たところに、露天で「店」を構えている靴磨き屋さん。
靴磨きのおじさんは、「お兄さん、靴が泣いてるよォ。」と丁寧に汚れを拭き取りそして少量の水を含ませた布にワックスをつけて、あまり上等ではなかった当時の私の靴をピカピカにしてくれた。何だか励まされたような気分で、とてもうれしくなった。
そして、東京駅丸の内口で降りたときにはその靴磨きのおじさんに靴を磨いてもらうことを密かな楽しみにしていた。
やがて、何年かが過ぎた。
自分も転職をし、会社の役員になっていた。そのおじさんから自分が「絵描き」であることを聞いた。「へぇー、絵描きさんが靴磨きしてるんだぁ?。」と訊ねると、「何でも、やんなきゃネェ。」と笑いながら、「お兄さん、チョットは出世したねぇ、靴が上等になったよ。」と言われた。
「こんな絵描いてんだよ。」と絵葉書ももらった。そこには、淡い、懐かしさで一杯になるような風景が描かれていた。
「おじさん、すごいネェ。」と伝えて返すと、照れ笑いしながら「お兄さんもがんばりな!。」とおじさんの名前を告げられた。
しかし、さらに時が流れいつしかそのおじさんの名前も忘れかけていた。
そんな、私のところに招待状が届いた。丸の内の丸善本店4階ギャラリーで開催の絵画の個展。差出人は、「赤平浩一(あかひらこういち)」。
おぼろげながら、あの時もらった絵葉書が浮かんだ。
靴磨きをしていただきながら、靴の皮(?)が少し上等になったことを職業柄すぐさま察知されたあのおじさんからの手紙!?。
驚きを通り越して、震える想い...。
エーッ!!!、と思いながら、訪れる予定を組む。こんなにも、自分が気づかずながら認知していただき、かつ支えていただいている実感を全身で受け止める...。
そして、ドキドキして、個展を訪ねる。人違いだったら、どうしよう!?。知らん振りして出てきたらまずいか?、などと思いながらエレベータを上がる。
4階でエレベータを降りフロアの奥に進むと、個展会場の入り口ににこやかにそして静かにたたずんでいるその人を見つける。
間違いなく、あの!、靴磨きのおじさん!!!。
おじさんこと赤平浩一さんは、満面に笑みを浮かべて、そして靴磨きの時とはかなり(!?)雰囲気の違う出で立ちで出迎えてくださった。
「画伯!」と周りから声がかかるが、「俺は絵描きだから...。」とはにかむおじさんとの再会に胸が一杯になる。
握手を交わして、言葉も出ない。
心の中で、「おじさん!、靴は良くなったかわかんないけど、なんとか自分はここまで来ました。一生懸命がんばらせてもらってます!。」と頭を下げて、手を握る。
ウン、ウンと頷いて、おじさんはギュッと握り返してくれる。
人との出会いに、感激する。人と人の間に生きていることを、今日も感謝する。
靴磨きのおじさんは、いろいろあったかもしれないが、ホントに多くの人々に支えられてキャンバスに夢を描き続けてこられた。そして、そのおじさんに十数年、靴磨きをしていただきながら、私は今日までを誘(いざな)っていただいている。
おじさん嫌がるかもしれないけど、今日は呼ばせていただく。
感無量!。
丸の内の靴磨きの『画伯』に、心から乾杯!