第1168号 トランプが招くカオス
4日、トランプ大統領は議会で施政方針演説を行い、就任以来43日間で次々実施した自らの政策を誇ると共に、関税政策やウクライナ停戦を進める意欲を示しました。
◆日米演説の違い
トランプ演説の特徴は、勢いと熱量です。とにかく自らの正当性をこれでもかとアピールし、バイデン前大統領を徹底批判するなど、過激な内容も多く含まれています。品が無いと批判する向きもありますが、トランプ自身の個性が溢れ、強い意思と力強さを感じるアメリカ人も多いでしょう。
これに対し、日本の総理大臣の施政方針演説は、まずは各省庁が重要政策をまとめて、短冊のようにパート部分を首相官邸に提出し、官邸の官僚がそれらを整理し、また総理の言葉やエピソードなどを散りばめてまとめていき完成させます。
よって、先の石破演説のように、本人の強い個性や意思は抑えられ、各省庁からの政策が総花的に並べられた個性のない、「検討」とか「推進」とか先送りばかりの言葉に溢れた熱量を感じさせない演説になってしまうのです。
◆トランプ流のディール
トランプの熱量は演説にとどまりません。ゼレンスキーウクライナ大統領と臨んだ首脳会談はカメラの前で口論となり、交渉は決裂しました。この会談について、トランプの横暴と批判するメディアもありますが、私は、トランプは冷徹な現実主義に基づいたディール(取り引き)をもちかけているだけであって、合理的な交渉態度だと感じています。
国際政治は、民主主義や法の支配といった理念だけで動くものではなく、国家間の力関係が大きな要素となります。アメリカとウクライナの力の差は歴然としていること、アメリカが45兆円以上の支援をウクライナに行ってきたことを考えると、対等の立場で交渉を進めようとしたゼレンスキー流の交渉は、トランプには通じなかったと言えます。ディールはトランプ有利に進んでおり、今後ウクライナは譲歩を余儀なくされる事態に陥るでしょう。
また、トランプの経済政策の目玉として、アメリカの製造業を守るための25%もの高関税政策が挙げられますが、私はこの高関税は、外交上のディールに過ぎないと考えています。
1970年代、アメリカのニクソン大統領は、アメリカ産業を守るため、10%の輸入課徴金を課することを表明しましたが、貿易収支の不均衡を他国に是正させる脅しとして使われただけで、結局2年後には自ら廃止の大統領令に署名しました。
国内産業を輸入品から守るというスローガンは、一時的に国民の支持を集めても、輸入品に高関税を課すと、結局それによって物価高が進み、アメリカ国民がツケを払う結果となります。長期間にわたって高関税政策が進めば、アメリカ経済は間違いなく低迷します。トランプとしてはディールとして最初は高関税をぶち上げておいて、交渉の中で他国から何らかの譲歩を引き出した上で、高関税を撤回すると見ています。
◆New World OrderからChaosへ
アメリカは冷戦終結後、表面上は自由と民主主義を世界に広めて守るため、アメリカが指導的役割を果たすという理念の下、世界各地に軍を展開し、反対勢力を封じ込めてアメリカ中心の秩序、民主主義と資本主義そして法の支配という価値観で縛る社会を築きました。これは通称「New World Order(新世界秩序)」と呼ばれます。
これに対し、トランプの外交戦略は、理念よりも現実を重視し、アメリカの払うコストを抑え、あくまで自国の利益を最大化することに特化したものです。自国の利益のためには、価値観の異なるロシアとも組むし、民主主義国家でもあっさりと見捨てることがあるでしょう。
冷戦後の新世界秩序は終焉を迎え、今後は複数の価値観の異なる大国が拮抗し、世界の各地域に影響力を行使しあう分断・混沌(Chaos)の時代が幕を開けます。戦後、従米一辺倒を続けてきた日本外交も、この混沌の中でいよいよ大きな変化が求められます。