離婚と親子の関係

2016年11月28日 (月) ─

 国会延長が12月14日までと報道されているが、どうやら、年内解散はなさそうな気配だ。年金法案審議について、与野党激突の様相だが、その陰でまだ審議の目処は立ってはいないが、親子間の問題として重要な法案が準備されている。

 それは超党派の議員連盟が、議員立法として国会提出を目指している、通称「親子断絶防止法案」だ。

 私自身、当該議連の活動に関与しておらず、かつ、国会提出には、各党の了承プロセス等が必要であり、現在のところ衆議院の委員会では特段動きは見えない状況でもある。しかし、「離婚と親子の関係」という極めて重要な問いを投げかける法案であり、一議員としてこのテーマに真剣に向き合う必要があると考えている。

◆議員立法の動きの背景
 この法案は、子どもが、両親の離婚等で一方の親と離ればなれに暮らすことになった場合でも、もう一方の親との面会交流を確保することを主な目的とするものだ。

 議連で法案が準備されている背景の一つには、我が国が、子どもの連れ去りに関する「ハーグ条約」を批准したことが挙げられる。この条約では、国籍の異なる夫婦が離婚する際に、一方が子どもを連れて自分の本国に帰ることにより、もう一方の親との関係が断絶されることが多いことへの対処として、面会交流の機会を確保するための支援を各国に要請している。

 さらに、我が国国内でも、離婚後に子どもと離れて暮らす親からの、子どもとの面会を求める裁判所への調停申し立てが、ここ10年で約2.5倍に増加していることが挙げられる。

 また、2011年に民主党政権のもとで民法が改正され、未成年の子どもがいる夫婦が離婚する際には、養育費の分担や親子の面会交流を「父母の協議で定める」ことが明文化されたが、取り決めがされたケースは6割にとどまり、子どもの貧困やトラブルの原因となっているとの指摘がある。

◆当事者の声を尊重した議論を
 一方で、同法案については、当事者である親の方々から「慎重に考えるべき」との意見も頂いている。

 同法案は、離婚後の親子関係という非常にデリケートな問題を扱うため、現実に問題に直面している当事者の目線に立った慎重な議論が必要不可欠だ。

 特に、母親が、配偶者の暴力によって離婚に追いやられた場合など、子どもと父親との面会交流を認めることは大きな精神的負担や、面会交流の方法が不適切な場合には危険を伴うことも予想される。子どもの虐待を伴うDVを原因とする離婚の場合など、面会方法やケースによっては、面会交流がかえって子どもの利益にもならないこともあり得る。

 この点について、法案では、DVや児童虐待の事情がある場合には子の利益に反しないよう、「特別の配慮」がなされなければならないと規定している。しかし、「特別の配慮」といった抽象的な文言だけでは、当事者の不安は解消されない。また、そもそも、個々の家族の状況によって事情が異なる中、法によって一律に面会交流を促すことの是非は慎重に議論しなければならないポイントだと思う。

 法案推進派の主張する、離婚後の親子の面会交流を推進することが子どもの人格形成や成長の観点から重要であるとの点については、総論で賛成できるものだ。しかし、離婚後、仕事や生活等で日々大変な思いをしながら、必死に子育てに取り組む親の方々の切実な声に耳を傾けることなくして、拙速に結論を出すべきではない。

◆親子を社会が支える体制整備が必要
 私自身、6人の子どもを育てた親の立場として言えるのは、世の中様々な立場の人がいても、基本的に、子どもの幸せを願わない親はいないということだ。

 同法案の推進派も慎重派も、「子どもの幸せのため」に声を挙げておられる点は共通しているはずである。

 慎重派の親の方も、それが子どものためになり、かつ、それが現実的に(心理的な負担も含めて)可能であるならば、適切な形での面会交流を否定するものではないと思う。であるならば、法律によって面会交流を促す以上に重要なことは、そのような適切な形での面会交流を可能とする支援体制の整備ではないか。

 現在、「家族問題情報センター」など、相談を受けたり、面会時に付き添ってくれたりする支援機関があるが、全国に数箇所しかなく、費用も1回の利用で数万円かかると言われている。

 国としてまず取り組むべきは、このような専門家よる支援を受けられる体制を整備し、少ない負担で利用できる体制を予算措置、人材も含めて整備することだ。体制整備なくして、面会交流を努力義務であれ当事者に義務づけることはいたずらに当事者に負担を課すことになりかねない。

 親と子を、社会が支える国をつくることは、私の政治理念の出発点であり、その観点からこのテーマについても向き合っていきたいと思っている。

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