長崎平和宣言

2011年8月9日 (火) ─

 朝から空路で、長崎。

66回目の長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典。広島は、家族と共に毎年訪れていたが長崎は初めて。

 特に、今年は福島第一原発の事故収束にあたっていたものとして放射能の脅威に直接かかわった体験も踏まえて、長崎もぜひ訪れたいと思い出席をさせていただいた。

 田上長崎市長からも、松井広島市長同様に、いやそれに負けずとも劣らない強い想いとして「長期間を要するとしても、より安全なエネルギーを基盤にする社会への転換を図るために、原子力にかわる再生可能エネルギーの開発を進めることが必要」と訴えた。

 市長の、放射能の恐怖におびえることになった原因として、「自然への畏れを忘れてはいなかったか、人間の制御力を過信していなかったか、未来への責任から目をそらしていなかったか」の問いは、まさに私たち国民全員が受け止めなければならないことである。

 週末に、地元活動で広島から奈良に戻ったがこうして長崎に入り、あらためて私たちがこれからどういう社会をつくろうとしているのか根底から議論し選択する時がきているとの、長崎平和宣言が響く。

 明日発売の文藝春秋に掲載される拙文と、野田財務大臣、海江田経産大臣の論文について、永田町に戻ると取材を受ける。

 いろんなとこで言っている、永田町の常識に挑戦する永田町の非常識、についてまた喧しくなるのかもしれない。

 淡々と取り組むだけ

長崎平和宣言