長女の引越し

2011年12月25日 (日) ─

 この三連休で、大学4年の長女が宿舎を出て行った。

 娘が使っていた部屋はガランとした。

 来春の就職も決まって、卒論も書き終えたとのこと。社会人として自立し自分の力で生きていくのだから、もう、助走を始めなさいと、宿舎を年内に出るように言いつけていた。

 親の庇護のもとにいるのもあとわずか。そんな中で、勘違いがあってはならない。世間は厳しい。厳しい世の中の風に、早めにあたっておいた方がいい。

 自分が出したものは、自分が片づけなければ出たままになってしまう、一人での暮らし。日用品も、ない時にはないなりにしか暮らしようがない、自活。

 この当たり前のことを、国会議員の父と暮らしてきた中で、君は失ってはいないか、と彼女に質した結果の答え。

 自分でアルバイトして、不動産屋をあたり、小さなワンルームを探してきた。働き出して自分の生活を確固とするうちに、余裕ができればまた引越せばいいだろう。

 「部屋にテレビも冷蔵庫もないのはいいんだけど...、洗濯機、ください...」との娘の願いに、もう古くなってしまった宿舎の洗濯機を持って行っていいよ、と告げた。新しいのを買い与えるわけにはいかない。友達と一緒にエッチラオッチラ、運んで行った。

 親は、子どもと離れるために子育てをする。子どもが自立することを願って、厳しくする。

 参議院の谷岡郁子先生から、「おなかの中にいるときはどこに行くのも一緒。でも、生んだ後は私の身体から離れる。そしてあとは、離れて生きていくために、子どもを育てる」とお嬢さんの子育て話を聞いた。

 僕はおなかに子どもを宿したことがないので、同感なんて畏れ多くて言えないけれど、離れるために子どもを育てるというのは、まったく同じ想いだった。

 次女は嫁いだ。長女は就職を前にして、独立していった。

 どんどん、巣立っていく。

 我が家には、まだ小学生がいるけれど、親の子離れ、子の親離れが進んでいく。

 そして、宿舎は、カギを開けると、電気のついていない静かな部屋に、また戻った。

長女の引越し