費やすべき時間とは

2010年4月4日 (日) ─

 在京縛りが解けて帰奈、県連の全議員懇談会に出席し、久しぶりの街頭演説、そしてインターン企画・主催のタウンミーティングについての打合せと短時間の懇親会を行って近鉄電車に飛び乗り京都経由で上京。

 昨年事務所に入所したかつてのインターン生、「気が利く君」こと、Mr.ハマーと共に新幹線。国会事務所強化のために、奈良からの補強となった。

 本人はやる気満々で、僕は明日出発と思っていたのだがもうすでにスーツケースに荷物をまとめていつでも旅立てる準備ができていた。じゃ、今晩行くか?と聞くと、ハイと即答。同行となる。明日からの国会事務所の充実を願う。

 街宣を通して感じたのは、皆さんの反応はほぼ三つに集約されるということ。政治とカネ、普天間、そして子ども手当て。もちろん、中には農家への個別所得保障制度や、外国人参政権、高速道路無料化などについてもチラホラとはあるが、圧倒的にこれら三点。

 つまり、報道に上る頻度と完全にリンクする。とりわけ政策イシューについては、報道ベースとほぼ同じ紋切り型の論を述べられる方が多い。ここは、やはりあらためて丁寧な説明を繰り返す以外にないのではないか。費やすべき時間はそこにこそある、と思う。

 マニフェスト選挙以来、われわれは政府の一員として政権運営に手いっぱいだったかもしれない。そこは十分に反省しつつ、今こそ説明をしっかりと行う必要があると痛切に感じる。もちろん、批判も含めしっかりと受け止めなければならない。そしてその上で、政府として判断し責任持って政策を示していけばよい。

 皆さんには政局は一見、再編含め流動化するかのごとく映っているかもしれない。

 しかし僕はあらためて地元有権者と触れあってみて感じた。求められているのは、むしろ政権政党としてのゆるぎない姿勢ではないか。

 政権選択をしていただいた国民の皆さんの期待をしっかりと受け止めて、堂々と政治決断をすることが求められていると強く感じた。常に、一人の人間として市井に立ち入り、その声にしっかりと耳を傾けなければならない。

費やすべき時間とは