所信表明と代表質問

2006年10月3日 (火) ─

 先週の金曜日、国会で安倍総理から所信表明がなされて昨日から各党の代表質問が始まった。まずは、自民党と民主党だ。

 安倍総理の所信表明は、歴代総理の20分から25分程度のおよそ倍近い40分にも及ぶ。内容については、各紙の論評にもあるように、網羅的、総花的、抽象的でかつカタカナ言葉の多用、スローガン的という際立った特徴もあった。

 冒頭に「特定の団体や個人のための政治を行うつもりは一切ありません」と大見得を切られているのだが、総理として必ず姿勢として問われるにもかかわらず、「政治とカネ」の問題に対する姿勢については一切触れずにいる。

 「美しい国の実現のため」に、「文化、伝統、自然、歴史を大切にする国」、「規律を知る、凛とした国」、「未来へ向かって成長するエネルギーを持ち続ける国」、「世界に信頼され、尊敬され、愛される、リーダーシップのある国」の姿を掲げられておられるが、それこそ「歴史認識をどう持つのか」、「規律が崩壊している天下り問題をどう捉えるのか」、「もはや解消への意欲すら失いそうな格差の問題をどのように解決するのか」、「世界からも懸念されているアジア外交への取り組みはいかなる方針をもってするのか」の問いが当然ながらに沸き起こる。

 所信表明への具体を確認して、「総理の描く国の姿」を浮き彫りにすることが、代表質問に問われている。

 鳩山幹事長、松本政調会長は明確に、上記のような疑問を一つ一つ質していった。さらに、再質問、再々質問を重ね、消費税は来年の参院選後に上げるのか?、社会保険庁は解体「的」抜本改革ではなく、解体する意思はあるのか?、等々的を射ぬいていく。

 しかし、安倍総理は一切、まともに答えられなかった。これでは、小泉前総理と同じではないか。

 やはり、こうなってしまうのだな、という感覚に襲われる。小泉前総理の功罪が巷間問われているが、罪の部分で重いもののひとつは、総理の答弁を意味のないものにしてしまったということである。このような答えにならない答えでも許されるという環境を国会に作ってしまった。

 総理のいい加減な答弁で、内閣が吹っ飛んだ昔を考えると、とにかく予定の時間を消化すればよいという今日の国会は、緩みきっているとしか言いようがないだろう。

 小泉政治は、総理の答弁を「大事ではない」ことにしたという意味で、きわめて大きな影響を残したと言える。

 それでも安倍総理は、松本政調会長の再質問、再々質問におよそ冷静沈着とはいえない姿をさらした。

 本会議の代表質問で埋めきれない部分は、予算委員会で引き続き行われることになる。気合を入れて準備する。

所信表明と代表質問