広目天の見つめる先

2005年10月31日 (月) ─

 「入江泰吉・土門拳二人展」が奈良写真美術館で開かれているところを、訪れた。

 奈良を代表する写真家の入江泰吉先生に師事した最後のお弟子さん、上鍵さんに、落選後、初めてのポスターを撮っていただいて以来、上鍵さんが館の副館長に就かれるなど写真美術館は身近な場所だったのだが、今回、久しぶりに家内との鑑賞だった。

 入江さん、土門さん共に、奈良をこよなく愛するその気持ちがフレームから溢れている。

 その中でも、観光協会のポスターにも使われた「東大寺戒壇院広目天立像」の写真が目を引く。

 広目天は仏国土の四方を守護する鎮護国家の武将たち、四天王の一人である。四天王はすべて甲冑で身を固め、邪鬼などを踏みつけて立ち、それぞれに剣や槍などの武器を持って睨みつけている。ところが、西方守護の広目天だけは武器は持たず、右手に筆、左手に巻物を持つ。

 入江泰吉先生のフレームに納まる広目天は、平静さを瞳に漂わせながらも眉間に深いしわを刻み、遠い彼方を窺うかのように凝視している。梵語の「通常ならざる目を持つもの」という意味の広目天は、未来を見据えているのである。

 その瞳の彼方には、時を経ても変わることのない人類の愚かな行いが映っているのか、それともたゆまざる努力によって培っているであろう平らかなる治世を見ているのか、いずれもが浮かんでくるようなその面差しでもある。

 広目天が見つめる未来に、小さな歩みを積み重ねていきたいとの願いを、入江先生の写真に感じるひと時であった。

広目天の見つめる先